名古屋地方裁判所 昭和56年(手ワ)521号 判決
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【判旨】
一請求原因事実は当事者間に争いがない。
二1 <証拠>を総合すれば、昭和五五年一一月七日頃、原告がイデ流通産業株式会社(アイコー建設の以前の商号)に対し建物の建設を請負つたこと、翌五六年五月六日頃アイコー建設が倒産したこと、同年六月二日頃同会社代表取締役坂本光治(以下坂本という。)が実際に所有し、その娘婿伊東征夫(以下伊東という。)が登記簿上の所有者である不動産(以下本件不動産という。)に対し、同会社および株式会社アイコーホーム(当時被告が代表取締役。以下アイコーホームという。)が負担する債務につき原告が極度額一六〇〇万円の、中野輝男が一三〇〇万円の、株式会社富士銀行が極度額七〇〇万円の根抵当権設定登記をなしたこと、その後坂本が本件不動産を他に売却し、右被担保債務その他のアイコー建設の債務を清算しようと計画したこと、しかし、右のとおり本件不動産に根抵当権を有する原告が自己振出の手形債務決済のため必要であるとして右債務の履行を強く要求したので、坂本が現金五〇万円を支払い、残債務を、弁済期が同年九月三〇日となつている右不動産の売買代金によつて履行するものとし、右履行されるまでに原告が要する手形債務の決済資金調達のため被告が金額三七〇万円の本件約束手形を交付したこと、右手形交付当時、右不動産の処分につき買主、代金額、弁済期とも具体化しており、右代金により被担保債権全額が弁済できる充分な見通しがあつたこと、原告の有する債権の履行の請求、本件手形の受領、その後の弁済の受領には原告の従弟であり、同人の営業全般に従事していた啓修がその任に当たり、右本件手形の交付に際し、原告を借主、被告を貸主とする金額三七〇万円の金銭消費貸借契約書や原告の被告宛の委任状や原告の印鑑証明書を後日提出する旨の念書(そのとおり右証明書が提出された)を被告に交付し、さらに本件不動産売買の仲介人である松田直之が被告に右売買が不成立になつたときに違約金として三七〇万円を支払う旨の念書を交付したこと、被告がもと坂本が勤務していた会社の専属経理士であり、被告と坂本が互いに相手が経営する会社の取締役に就任し、被告がアイコー建設のために融資しているなどかなり密接な協力関係にあつたこと、しかし他方前記のとおりアイコー建設が倒産し、もはや相互の債権債務の清算関係だけが残るだけで被告として坂本あるいはアイコー建設を援助してその維持を図るべき必要がなくなつていたこと(本件手形が交付される以前である昭和五六年七月一六日に本件被告訴訟代理人弁護士が原被告らの代理人として伊東に対し本件不動産処分のために必要な委任状等の交付方を要求している。)が認められる。
2 以上の事実を総合すれば、本件手形は、原被告間に取引関係もなく、被告がアイコー建設の原告に対する債務の一部を肩代わりして弁済するという合意もないのに、前記のように原告をして他より手形決済資金の融資を得しめるだけの目的で交付された、いわゆる融通手形であつたものと認められる。
3 右認定につき、原被告間で消費貸借契約が結ばれたのなら被告が原告に対し右貸金の請求をすべきなのに、弁済期を経過しても右請求をしていないのは何故かという点については、被告として手形を交付しただけで現実に金銭を交付し、またはその後原告以外の第三者から手形金の請求を受けたわけでないから、原告に対しその請求をしないだけのことであると考えられ、また、消費貸借を結んだのであれば、契約書にその債務の弁済期を記載するだけで足りるのに、ことさら括弧書きで「伊東征夫外一名よりの入金時」と記載したのは何故かという点については本件手形の決済資金を本件不動産の売買代金によりまかなうことを示していると考えられ、本件手形が融通手形であるとすれば、不動産売買の仲介人が売買不成立の場合に違約金を支払うものとすることは無用であり、かつ、それでは被告が不当利得するのではないかという点については、融通手形であつても第三者に裏書された場合、その手形上の責任を負わざるを得なくなるのであるから、右の事態が生じた場合にその資金を確保する必要があつたものと考えられ、その他右認定に反する<証拠>は、<証拠>および原告の従業員として本件手形の交付とその前後の折衝に直接関与した啓修が証人として遂に出頭しなかつたこと等に照らし採用できず、他にこれを覆すに足る証拠はない。
4 従つて、原告は被告に対し、本件手形に基づき金員を請求する権利を有しない。 (福井欣也)